東郷平八郎と戦いを共にした刀

日露戦争での日本の勝利を確実なものにしたことで知られる東郷平八郎は、戦争中も吉房という日本刀を腰から提げていました。吉房は後に大正天皇になる皇太子から下賜されたもので、鎬造で細身、中切先はやや詰まった形をしています。吉房が作られたのは鎌倉時代のことです。当時の日本はフビライ・ハンが率いる元に攻め込まれていました。2度に渡る戦いは元寇と呼ばれ、元が引き上げた後も九州の御家人たちは日本を守るために警護を続けました。その際に与えられたのがたくさんの刀剣と鎧兜で、吉房もその1つでした。元寇と日露戦争ともに日本海で自国を守るために戦いを見守った刀といえます。現在は重要文化財として東郷神社に納められています。

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